I社は、M社からライセンスを受けてまず業務用パソコンを、二年後の八三年には家庭用をそれぞれ発売しました。
氏の戦略が優れていたのは、I社に独占使用権を与えなかった点です。
当時、I社はパソコンの将来性を十分認識していなかったのでしょう。
結果は重大でした。
M社はI社という巨人の肩に乗る形になり、MS-DOSはI社パソコンの互換機のデファクトースタンダード(事実上の標準)になったのです。
あらゆるハードウェアーメーカーにソフトを売って、莫大な使用料を得て利益を上げるM社の事業モデルが確立したわけです。
ここから同社のロケットのような急成長は始まりました。
これに燃料を補給したのが株式市場です。
八六年には株式を公開しました。
同社がユニークだったのは、高株価をテコに成長する経営を当初から目指したことです。
二〇〇三年に配当するまでM社は無配を続けました。
急成長企業は、資金を配当などに回さず先行投資に集中すれば、結果的に株価の上昇によって株主に報いられるという論理によるものです。
急成長を続けるから株式の人気が高まって資金が潤沢に集まり、それがさらに成長を促すという好循環を目指す、成長企業ならではの戦略です。
ストックオプション(株式購入権)を経営者層に限らず、広く一般従業員にも与えて帰属意識を高めて業績向上に役立てたのも、最も早い例の一つです。
お陰で従業員から数千人に上る百万長者が生まれ、優秀な頭脳を集めるのに役立ちました。
純粋なソフトウエア企業のはしりである同社は、開発力が生命線です。
もともと流動性の高い米国の中でも、とりわけ激しいIT分野で優秀な人材を引きつけるのは容易なことではありません。
株価上昇を背景とするストックーオプションの魅力はわかりやすくて、効果は絶大です。
しかしこれも二〇〇三年にやめて、現物の株式を無償で支給する制度に換えました。
一九九九年をピークに株価が下がり、ストックーオプションのうまみが消えたためです。
同社も十分に巨大化し、それなりに成熟化したということでしょう。
同社の売上げがどれだけ成長したのか、跡付けてみましょう。
日本でも大ヒットした「ウィンドウズ95」の販売がフルに寄与した九六年六月決算の売上高は前期比四九%も伸び、九十億ドル余りに達しました。
一ドル=百五円で換算しても一兆円近くになります。
翌年も三二%増で、二八%増、二九%増と続いて二〇〇〇年六月決算で一六%増に下がり、二〇〇三年六月期の一三%増まで、一〇%台が続いています。
○三年六月期の売上高は三百二十億ドル余りと、邦貨で三兆円を優に超える金額ですから大変な規模です。
同社の前述した時価総額二千六百四十億ドルは、会社の支配権である発行済み株式の総額ですから、計算上、同社の値段です。
これを外務省のホームページで調べた各国のGDP(国内総生産)と比べてみましょう。
米国は十兆四千四百六十二億ドル(二〇〇二年)とさすがに大きく、M社の時価総額はその三%足らずです。
しかし二〇〇四年のオリンピック開催国であるギリシヤのGDP千六百九十三億ドルをはるかに上回ります。
ただギリシヤは人口が千九十四万人と比較的小さな国です。
人口一億四千五百万人のロシアはどうでしょう。
GDPは三千四百六十五億ドルで、M社の時価総額は七六%に相当します。
企業の経済活動の規模をフローで示す売上高も、世界上位の企業のそれは国家並みです。
売上局で世界一の座を占める米国の小売業、W社は二〇〇二年の売上高が二千四百四十五億ドルに上ります。
一ドル=百五円で換算して二十六兆円です。
軽くギリシヤを上回ります。
世界一の製造業、G社も二〇〇三年の売上高が千八百六十七億ドルで、ギリシャのGDPを超えています。
GDPの国別ランキングと比べますと、いずれも二十番台前半に入ります。
、難路を歩んできた日本を代表する巨大企業 日本の企業はどうでしょう。
最大のメーカーとして国際的にも最も存在感があるのはやはりT自動車です。
イラクやアフガニスタンのテレビニュースで、T社のロゴが荷台の後ろに書かれたトラックをよく目にします。
T車は世界約百七十力国で販売されています。
ちなみに国連加盟国は百九十一力国ですから、たいていの国でTの車が走っていることになります。
系列のD工業やH自動車なども含めたグループとして見ると、二〇〇三年の世界販売台数は六百七十八万台になり、フォードモーターの六百七十二万台を抜いてGMの八百六十万台に次ぐ世界第二位の座を占めています。
二〇〇三年の世界販売台数(見込み)はT単独で六百七万台、グループ全体では六百七十八万台で、ともに前年比一〇%増になります。
T単独の販売の内訳は海外四百三十四万台、国内百七十三万台です。
海外生産台数は二百五十七万台に達し、生産活動は世界二十六力国に広がっています。
Tは日本的経営を代表する企業と見られていますが、実は事業のグローバル化か進んでおり、利益の大半は海外で稼いでいるのが実態です。
二〇〇三年三月期の連結決算では、売上高十五兆五千十六億円、営業利益一兆二千七百十六億円、純利益七千五百九億円で、ROE(株主資本利益率)は一〇・四%です。
ROEは、自己資本が純利益をいくら稼ぎ出したかを示す割合で、株主の視点から見た企業の効率を表します。
数字を長々と並べたのは、同社が日本の企業の中で抜きん出て巨大だということを具体的に示したかったためです。
しかし同社も今で言うベンチャービジネスから始まり、戦後、今から五十五年ほど前には倒産寸前まで追い込まれたことがありました。
当時の自動車産業は今とは全く違って、まともに成り立つかどうかさえ怪しいビジネスだったのです。
当時「法王」とまで言われたI日本銀行総裁は、自動車産業が日本で育つかどうか疑問視していたほどです。
T自動車の創業者、T氏の父親は自動織機を発明したS氏です。
同社はT製作所の自動車部として一九三三年(昭和八年)に産声を上げました。
S氏の遺産が元手だったのですが、機械産業全般の技術水準がまだ低かった日本での自動車の開発、生産は難事業でした。
三七年にT自動車工業として独立しましたが、乗用車を軌道に乗せて離陸を果たすのは二十数年後まで待たなければなりませんでした。
その間、倒産の危機を乗り越え人員整理と大争議を経ています。
創業者のT氏は経営危機の責任をとって社長を辞任し、五二年に社長復帰を目前にして五十七歳で脳溢血によって急逝するという悲劇に見舞われました。
どこの企業にも成長の過程では様々なドラマがありますが、Tは劇的な要素が最も多い企業の一つでしょう。
振り返れば、現在、世界二位の自動車メーカーにまで成長したのは奇跡的なことです。
豊田喜一郎氏をはじめいろいろな人物が関わっているわけですが、会社という組織の実に不思議なところです。
米国にクラウンを五七年に初めて輸出した時は手痛い失敗に終わりました。
輸出を指揮した当時のT自動車販売社長のK郎氏は『戦後産業史への証言二』でこう回顧しています。
「ある程度覚悟はしていたんですが、予想以上に技術上のトラブルが多発し、アメリカのハイウェーに通用するものではなかったことが証明されてしまった。
パワー不足、ボディーの過重、最高速度についての不評も出たが、維持費がかかるという点が致命的だった」
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